2018年も早1カ月がたち、平昌冬季オリンピックがいよいよ開幕します。思えば、私が救クリに赴任したのは、4年前のソチ冬季オリンピックのときでした。休憩室のテレビの前でスキージャンプの高梨沙羅選手やスノーボードの平野歩夢選手の活躍を応援していたのが昨日の事のように思い出されます。

 そして、その年月の間に川越市内の救急医療情勢もだいぶ変化したと実感します。

 しかし、今年に入って異常事態が起きていますので、その報告をしたいと思います。

 ソチオリンピックのあと2014年の4月から埼玉県救急医療情報システムが開始され、救急隊が病院を選定しやすくなり、いわゆるたらい回しが減少してきたことは以前も記事にしました(救クリ誕生から6年、救急過疎地は変わったか)。

 今回はそれをもう少し掘り下げてみます。

 下のトップページは一般市民向けに、救急の時はここに連絡をしてくださいとか、休日夜間急患センターの情報などが掲載されています。
 しかし、このシステムの売りは救急隊と救急医療機関の間で、救急要請の

今、我々は医療崩壊のど真ん中にいますの画像

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