万葉歌人として名をなした山上憶良(やまのうえのおくら)(660〜733)は、天智天皇の時代に百済(くだら)から渡来した医師憶仁(おくに)の子ではないかといわれる。42歳のとき遣唐使として唐国に渡り、3年後に帰朝した。57歳で伯耆国(ほうきのくに)(鳥取県)の長官に任じられる。

 この頃、元正(げんしょう)天皇は美濃国の養老の滝に行幸して温泉を浴びた。温泉の効能に感銘を受けた天皇は「この美泉を以って老を養うべし」と詔(みことのり)を下し、年号を養老に改めた。

山上憶良を悩ませた関節リウマチの画像

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